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Sentences

『ブレイブ・ハート』に視るイギリス史

 


 

 イングランドとスコットランドの相克  スコットランドの歴史は、イギリスからの独立の歴史である。現在スコットランドは、グレートブリテンおよびアイルランド連合王国の一部としての地位に甘んじてはいるが、その独自性・独立性はよく知られている。何故、かくも近い距離にあるスコットランドとイングランドの間に対立が繰り返されてきたのか?1つには民種の違いがある。イングランドは主に、5世紀から7世紀にかけて大陸から渡来したゲルマン系アングロ・サクソン人の国である。一方スコットランドは紀元前6世紀ごろに渡来してきたケルト系の住民なのだ。そのため、文化的に双方相容れない本質的な違いがある。2つにはイングランドによるブリテン島統一の野心だろう。9世紀、イングランドのアングロサクソン人は、ウェセックス王エグバードによって初めて統一されたが、その後のアングロサクソン人の領土的野心は、当然唯一の陸続きの隣国スコットランドに向かった。イングランドの、自分たちが優位君主であることをスコットランドに認めさせる戦いが始まったのだ。

 ピクト人とローマ  現在我われが一般的に「イギリス」と「アイルランド」と呼ぶ地域、つまりグレートブリテン諸島だが、ここは紀元前6世紀から紀元前1世紀までの約600年間、ケルト人の土地だった。現在のスコットランドは当時、カレドニアと呼ばれていた。イングランドのケルト人は「ブリトン人」(青い刺青の人の意)と呼ばれ、カレドニアには「ピクト人」と呼ばれるケルト系の部族が暮らしを営んでいたといわれている。ところが紀元前1世紀、ローマ人がブリテン島に侵入して来てから状況は一変する。紀元後43年、クラウディウス帝治下のローマ人は、現在のイングランド・ウェールズ地方を属州とし、ブリタニアと呼んだ。ローマ人たちは、ロンディニウム(現在のロンドン)というローマ風の都市を築き、ブリトン人を支配したが、ローマ人とブリトン人の人種間交配はほとんど行われなかったといわれている。文化的にも、ブリトン人のローマ化はある程度促したが、多くのブリトン農民はケルト文化をそのまま継承していたといわれている。一方ローマ人はカレドニア(スコットランド)にも目を向けたが、勇猛なピクト人の抵抗が激しく、逆に彼らの侵入を防ぐ目的で「ハドリアヌスの壁」などの長城が造られていく。

 スコットランドの夜明け  ローマによるブリタニア支配は5世紀の初めに終わった。領土があまりにも肥大化したローマ帝国が、とうとう縮小に路線を変えたのだ。西ローマ皇帝ホノリウス帝は、ブリタニアの放棄を宣言し、支配者のいなくなったブリタニアには、ブリトン人の小勢力が乱立した。これらのブリトン人にとって、当初の脅威は北方のピクト人であり、新たに侵入してきたアングル人・サクソン人・ジュート人などを傭兵としてピクト人に対抗した。アングル人・サクソン人・ジュート人とは、5世紀から7世紀にかけてデンマークやドイツから渡来したゲルマン系の種族で、イギリスでブレンドされた彼らを総称してアングロサクソン人と呼ぶ。しかしある程度ゲルマン勢力が強まると、今度はアングロサクソン人が侵略者と化してブリトン人を脅かし始めた。このゲルマン諸種族による侵略と戦った伝説上の人物こそが「アーサー王と円卓の騎士」である。そのため一般的には、アーサー王はケルト系ブリトン人の指導者として描かれている。アーサー王物語に、ローマの影響を感じながらも、ケルトの伝統である「騎士道」と「妖精(フェアリー)」が色濃くでているのはそのためである。むしろこれこそ、「ローマ文化」とも「ケルト文化」とも違う、「ブリトン文化」の顕れかもしれない。だが、最近の研究では、アーサーはローマの指揮官の一人であり、その後ケルトのイメージを付加されたとの見方も有力になっている。ともあれ、この時代にゲルマン人と戦った英雄が存在したことは確からしい。このブリトン人の必死の抵抗も敢え無く、6世紀にはゲルマン人に征服されてしまう。アングル人・サクソン人・ジュート人は、それぞれ王国を建国し、七王国(ヘプターキー)が覇権を争う時代が始まった。(右図)その中で覇を唱えたのがウェセックス王朝で、829年エグバードがイングランドを統一に成功した。またこの時代、ブリテン島にキリスト教が伝わり、その文化圏に入ることとなる。ウェセックス王国の首都・ウィンチェスターは、イングランドにおけるキリスト教の中心地として大いに栄えた。

一方、カレドニア(スコットランド)でも異変が起こっていた。6世紀、アイルランドよりケルト系のスコット人が来訪し、同じケルト系であるピクト人を征服してしまったのだ。スコット人は周辺部族を統一し、11世紀に統一王朝を造り上げることに成功する。スコットランドの誕生である。ではアングロサクソン人に征服されてしまったイングランドのブリトン人はどうなったか?かなりのブリトン人がアングロサクソン人と交配し、ゲルマン化したといわれている。その他のブリトン人は、ウェールズ・コーンウォール地方・フランスのブルターニュ地方に逃れ、今も脈々とケルト文化を伝えている。

 ケルト人について  ヨーロッパの古代史を学ぶ場合、ケルト人抜きに語れない。ケルト人とは、「ケルト言語を話す人たち」の総称である。人種の総称ではない。それゆえケルト人には単一的な民族意識がなかった。つまりケルト人は、私たちが「自分は日本人である」と思うように、「自分はケルト人である」という意識を抱かなかったのだ。ケルト世界は、ローマ人などとは違って、ケルト帝国としてまとめられていたのではなく、多様な首長制や王制社会によって分立していた。ケルト人たちは「ラ・テーヌ文化」という共通の文化の影響こそ受けており、「ドルイド教」という共通の宗教を受け継いでいた。しかし、この影響の強さも部族によってまちまちであり、部族や地方独自の習慣なども色濃かった。つまり、ケルト人とは緩い共同体に過ぎず、「ケルト人」を定義する言葉は、「ケルト言語を話す人々」とするしかないのである。

 次にケルト人をイメージしやすくするために、ケルト人の容姿を説明したい。先に述べたように、ケルト人は人種の総称ではないので、容姿を一括りにすることはできない。そこで、現存している一般的なケルト人の特徴と、古代のケルト人に対する記述を紹介しよう。まず背丈はローマ人やギリシア人よりはずっと高いが、ゲルマン人よりは低い。身長がゲルマン人より低いかわり、体格ががっしりしていて、首や腕などが太い。肌の色は白く、髪は金髪である。これはゲルマン人と酷似しているが、ケルト人の特徴的な髪の色としては、赤毛の人がいるということである。『アーサー王物語』で登場するサー・ガウェインは、「燃えるような赤毛」と表現されている。『ハリー・ポッター』シリーズのロン・ウィーズリー一家は、家族全員赤毛である。これらはケルト系の血を意味している。もっとも顕著にケルト人の特徴を描写しているのは、『ロード・オブ・ザ・リング』の「ドワーフ族のギムリ」であろう。がっしりした体型・赤髪・勇猛さ。これはケルト人の結晶化他ならない。もっとも古代ケルト人は生まれながらの金髪では飽き足らず、石灰石で髪を洗って脱色したり、ミント類で染色する習慣があったのだが。加えて、特にブリテン島のケルト人には、身体に青い刺繍を入れるか、青い絵の具で装飾する習慣があった。これについては、再び後述しよう。

 

 闘争の始まり  アングロサクソン人によって統一されたイングランドであるが、9世紀ころ新たな侵入者を迎える。同じくゲルマン系のノルマン派デーン人である。ノルマン人とは「北方人」という意味で、スカンディナヴィア半島やデンマークが原住地の、海洋ゲルマン人の一派である。つまりは「ヴァイキング」のことで、そのノルマン人の更に一派に、後にデンマークの国名の由来となったデーン人がいる。このヴァイキングによる波状的な攻撃の極めつけが、1066年の「ノルマン・コンクエスト」である。フランス北部にある、ノルマンディー公国(ノルマン人の国)の王子ウィリアムが、イングランドに侵入。へースティングスでアングロサクソン人のイングランド軍を破り、ウィリアム1世として即位し、ノルマン朝を創始した。これが中世イギリス王朝の誕生であり、ウィリアム1世の血が滾々と現在のエリザベス2世に繋がっていることとなっている。これがイギリス王室はヴァイキングの子孫だと云われる所以なのである。そしてこのノルマン朝は、強力な王権を持って国を治める、強権的な特徴を持つ王朝だった。この完全に独立した強力な王権国が、同じ時期に成立したスコットランドを侵略していくのである。


 ブレイブハート  11世紀以降徐々にスコットランドに侵略してきたイングランドであるが、13世紀末期、プランタジネット王朝エドワード1世の治世で、新しい展開を迎える。イギリス史では、最も優れた国王の1人として名高いエドワード1世も、隣国スコットランドから見れば非情な侵略者に他ならなかった。軍才に恵まれたエドワード王は、その治世で、ウェールズ・スコットランド・アイルランドと次々に統一していった。今もイギリスの王太子は『プリンス・オブ・ウェールズ』と呼ばれているが、歴史上初めて、自分の息子である王太子エドワードにこの称号を名乗らせたのは、このエドワード1世である。もちろんウェールズの民を懐柔するための策に過ぎない。同じようにスコットランドの貴族たちは、深謀なエドワード王に懐柔され、スコットランドはもはや国としての役目を果たさなくなっていた。そんな中、スコットランドの農民の子ウィリアム・ウォレス(メル・ギブソン)は、イギリスとの戦争によって父兄を失ってしまう。伯父に引き取られたウィリアムは、立派な戦士としてスコットランドの地に戻る。スコットランドに戻ってきたウォレスは、平和に農民として暮らそうと決意する。彼はミューロン(キャサリン・マコーマック)を娶り幸せを享受するが、このミューロンがイギリス人に殺されてしまう。初めは妻の復習に燃え、イギリス軍の砦を襲撃するウォレスであったが、一度イギリス軍を襲ってしまったため、報復のために新たに送られてくるイギリス人と戦わなければならなくなる。そしてウォレスのカリスマ性に惹かれたスコットランド人が、独立を目指して立ち上がる。

 監督・製作・主演全てをメル・ギブソンが務めた1995年映画『ブレイブ・ハート』である。14世紀のスコットランドの英雄、サー・ウィリアム・ウォレスの生涯を描いた超大作として、投影時間が3時間にも及ぶ。侵略されゆくスコットランドを救うために立ち上がる英雄伝ではあるが、映画の創りの細やかさには驚かされる。自由というテーマを抱えた大作の中に、民族文化的な細やかさや、話の緻密さを盛り込んだのは、処女作にしてアカデミー賞監督賞を受賞したメル・ギブソンの辣腕だろう。前述したように、当時のスコットランドの住民は、ケルト系スコット人である。良く観れば分かると思うが、映画中でスコットランド人を演じる俳優は、ケルト系の特徴を備えた俳優が選ばれている。その最たるものが、劇中で”ハーミッシュ”を演じるブレンダン・グリーソンだろう。彼は生粋のアイルランド人である。今でもアイルランド人はケルト系の住民なので、当時のスコットランド人を描くには、もっとも忠実な再現だと思う。さらにスコットランド兵のエキストラには、なんとすべて現役のアイルランド陸軍が出演している。そしてそれに対して、イングランド人を演じる役者は、淡白な顔、ひょろっと長い身体というアングロサクソン系の特徴が強調されている。エドワード1世演じるパトリック・マクグーハン、エドワード王太子などである。これだけでも、この映画の、民族文化に対する異様なこだわりようが視てとれる。加えてケルト文化もきちんと表現されているのが嬉しい。スコットランドのケルト人独特の、円形竪穴の住居。敬虔なキリスト教文化。衣装。バグパイプの神秘的な調べを用いた音楽。そして戦闘の時に顔に塗る青い化粧。それこそ彼らがブリトンケルトの末裔である何よりの証拠なのである。

 映画の撮影技術、映像効果、脚本の素晴らしさは、そこまで詳しく述べる必要は無いだろう。この映画が獲得した、様々な賞がそれを示しているからだ。ただこの映画の戦闘シーンの撮影技術が、映画界の常識を変えたことを記しておく。そして序盤は、美しい森林のシーンを効果的に配し、ケルト独特の神秘的気配が顕著に現わしている。脚本は、歴史にあまり詳しくない人にも退屈しないように、戦闘や恋愛を適度に配している。しかし、よく味わってみると、そこまで単純で浅い脚本でもないのだ。

たとえば、ウィリアム・ウォレスは、彼の一途で強い心に惹かれたイザベラ王女(ソフィー・マルソー)と、身分の差を越えて愛し合う。イザベラ王女は、エドワード1世の張り巡らされた謀略を、密かにウォレスに教え、また援助する。果たしてそれは恋愛感情だけが動機なのだろうか?イザベラ王女は、フランスのカペー朝の名君として名高いフィリップ4世の妹である。そんな彼女は、隣国イングランドのエドワード1世の息子・エドワード2世に嫁がされる。これはいうまでもなく、政略結婚である。つまり彼女は、嫁ぎ先でありながら敵国でもあるイングランドを陥れるために、スコットランドでの反乱を支援したとも考えられる。劇中では、これがエドワード1世との不和とウォレスとの恋愛で装飾されている。もちろん深謀なエドワード1世は、イザベラの腹など見抜いていたであろうが、劇中のイザベラは、自身の中にウォレスの子供を孕んで復讐を果たす。つまりは後のエドワード3世である。エドワード3世とは、フランスとの百年戦争を始めた張本人であるが、そもそも名君だったといわれている。劇中のエドワード2世はホモで、イザベラに冷たく当たっていたが、これは史実でも不和だった。このエドワード2世は、史実でも役立たずな人間で、せっかく父親のエドワード1世が切り取ったスコットランドの独立を許し、寵臣の横暴を許した。しまいには、妻であるイザベラ王女に反乱を起こされ、バークリー城で暗殺されてしまった。劇中では可憐で純粋を演じている彼女ではあるが、実は夫を殺せるほど強い女性なのである。夫を殺した後は、イギリスは一時期イザベラの天下となる。寵臣と愛人を可愛がり、彼女のもっとも輝かしい時期であった。ところが息子である、名君エドワード3世にクーデターを起こされ、今度はイザベラが幽閉されてしまう。このエドワード3世が百年戦争を始め、フランスに仇を為すとはイザベラも思いもよらなかっただろう。ちなみにイザベラは死ぬまで幽閉されていたそうだ。彼女も時代を強く生きた、可愛そうな女性だったのかもしれない。このように、この映画の本当の主人公はイザベラ王女であると思うのは私だけだろうか。

2005年5月5日


 

ブレイブハート BRAVEHEART  177分 / アメリカ(1995)
<監督/制作>  メル・ギブソン
<脚本>  ランドール・ウォレス
<音楽>  ジェームス・ホーナー
<出演>   
ウィリアム・ウォレス  メル・ギブソン
イザベラ王女  ソフィー・マルソー
エドワード1世  パトリック・マクグーハン
ミューロン  キャサリン・マコーマック
他・・・  ブレンダン・グリーソン、デヴィッド・オハラなど
<受賞>  第68回アカデミー賞 作品賞 監督賞 撮影賞
              メイクアップ賞 音響効果賞

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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